【世界遺産をもっと楽しむ】富士山編

世界遺産

 Hisaです。私は世界遺産検定2級を持っており、現在1級の取得を目指し勉強しています。そんな私が世界遺産を一つずつ紹介していきます。

 今週は皆さんお馴染みの「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」を扱います。

遺産概要

 「富士山」について知らない日本人は一人もいないのではないでしょうか。加えて、世界遺産に登録されていることも知っている人も多いのではないでしょうか。しかし、富士山が自然遺産に登録されているというイメージを持つ人もいる気がいます。実際、私も勉強をする前は富士山が文化遺産に分類されているということは知りませんでした。今回は、なぜ富士山が文化遺産に登録されているかといったところも理解していただきたいです。

 いわずもがな日本の最高峰である富士山ですが、海から山頂まで傾斜面が連なる成層火山としては、世界有数の高さを誇ります。そして、世界遺産には富士山域を中心に25の構成資産が登録されました。

 富士山では、修行や巡礼を通じて神仏の霊力を獲得し、「擬死再生」を成し遂げようとする独自の文化が育まれてきました。また、活発な火山活動を繰り返す富士山は日本古来の神道思想と結びつき、自然との共生を重視する独自の伝統を育みました。こういった点から文化的に評価されています。

 富士山の四季折々に変化し綺麗な景観は、多くの文学者や芸術家の創作活動においても重要な位置づけになっています。特に葛飾北斎や歌川広重の富士山をモチーフにした浮世絵は世間的にも有名なのではないでしょうか。こうした信仰活動や山岳景観に基づく芸術活動を通じて、富士山は「名山」として世界的な地位を確立してきました。

評価された点

  世界遺産には登録基準というものがあるのですが、富士山が評価された登録基準が2つあります。1つ目は、登録基準(ⅲ)の「文化的伝統や文明の存在に関する証拠を示す遺産」です。富士山は昔から「神仏の居処」とされており、山岳信仰に基づき山麓の湧水などにも感謝するという独自の伝統があります。そうした伝統は現代においても受け継がれ、富士登山や巡礼の形式などに表れ、こういった点が評価されています。

 2つ目は、登録基準(ⅵ)の「人類の歴史上の出来事や伝統、宗教、芸術などと強く結びつく遺産」です。富士山の綺麗な景観から、富士山は日本固有の詩歌や文学作品にも描かれました。さらに、19世紀には浮世絵に描かれた富士山の姿が世界の芸術作品に影響を及ぼし、日本文化を象徴する記号として海外にも定着した点が評価されています。

歴史

 噴火を繰り返してきた富士山は、古くから恐ろしくも神秘的な山とされており、多くの建造物が建てられました。火山活動が活発化した8世紀末には、火口に鎮座する神を「浅間大神」としてまつり、富士山そのものを神聖化する信仰が生まれました。

 火山活動が休止期に入った11世紀、日本の山岳信仰と中国から伝来した密教や道教が融合して誕生した修験道の修業が盛んに行われました。また、富士山に登りながら祈りを捧げる「登拝」も行われるようになりました。

 また、16世紀末から17世紀にかけて修験道の行者であった長谷川角行は、様々な修行を重ね、不老不死や無病息災を求める人々の想いに応え、のちに「富士講」とよばれる組織を創始しました。

構成資産

 富士山には25個と比較的多い構成資産で構成されています。その中のいくつかを紹介します。

 長谷川角行が苦行を行い、入滅したとされる風穴「人穴」を中心とする遺跡群に「人穴富士講遺跡」があります。周辺には富士講信者が造立した約230基の碑塔群があるようです。また、鎌倉時代の「吾妻鏡」には2代将軍源頼家の命で洞内を探検した武士の霊的体験に関する記述もあります。

 「富士山本宮浅間大社」は806年に富士山の噴火を鎮めるよう平成天皇が坂上田村麻呂に命じ、創建されました。古くから富士山南麓における中心的な神社でありました。

 「吉田口登山道」は、北麓の北口本宮冨士浅間神社から富士山頂の東部にいたる登山道です。2合目は、12世紀後半に造られた神像が奉納されていた場所とされ、遅くとも13世紀から14世紀には修験道の拠点が形成されていました。18世紀以降は、「富士講」における登山本道とされてきました。

 以上で「富士山ー信仰の対象と芸術の源泉」の紹介を終わります。富士山は文化的に評価された場所だということを覚えておいていただきたいです。

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